大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成3年(ワ)5944号 判決 1992年8月27日

原告

金沢五郎こと金太権

ほか三名

被告

三上永吉

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して原告金太権に対し、金二九二万五七八四円及び内金二六五万五七八四円につき平成三年八月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは連帯して原告金孝樹、同金真樹、同金淳樹に対し、各金九七万五二六一円及び各内金八八万五二六一円につき右同日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを六分し、その五を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告らは連帯して原告金太権に対し、金一五九六万九九八四円及び内金一四七一万九九八四円につき平成三年八月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは連帯して原告金孝樹、同金真樹、同金淳樹に対し、各金五一八万八三二八円及び各内金四七七万三三二八円につき右同日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告三上浩吉(以下「被告浩吉」という。)が被告三上永吉(以下「被告永吉」という。)の保有する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運転中に赤信号を無視して交差点を直進しようとした際、交差道路を青信号に従い自転車に乗つて進行していた金沢京子こと朴京子(以下「亡京子」という。)と衝突して負傷させ、その約二・五か月後に亡京子が自殺したことについて、亡京子の夫と子供である原告らが、被告浩吉に対して民法七〇九条に基づき、被告永吉に対して自賠法三条に基づきそれぞれ損害賠償を請求したものである。

一  争いのない事実等

1  交通事故の発生

日時 平成元年五月一日午前九時ころ

場所 大阪市東成区中道二丁目一一番四三号先路上

態様 被告浩吉が被告永吉の保有する被告車を運転し、赤信号を無視して本件交差点を西から東に進行しようとした際、自転車に乗つて青信号に従い同交差点を北から南に進行していた亡京子と衝突した。

2  亡京子の受傷及び自殺

亡京子は、本件事故により、頭部外傷、右下腿骨複雑骨折の傷害を受けた。その後、亡京子は自殺した。

3  本件事故に関し、被告永吉は自賠法三条に基づく、被告浩吉は民法七〇九条に基づくそれぞれ損害賠償責任がある。

4  損害の填補

(一) 入院付添費 七二万八一〇円

(二) 休業損害 一九万七〇〇〇円

(三) 入院雑費 一六万七二一三円

(四) 葬儀費 一七〇万円(以上につき争いがない。)

5  相続関係

亡京子は、国籍が朝鮮であり、朝鮮民主主義人民共和国系の在日本朝鮮人総聯合会に所属している。原告金太権は亡京子の夫で、その他の原告らは亡京子と原告金太権との間の子であつて、原告ら以外に相続人はいない。したがつて、被相続人亡京子の権利義務については、原告太権がその二分の一を、その他の原告らがその各六分の一をそれぞれ相続により承継取得した(甲三の1、2、原告金太権本人、弁論の全趣旨)(なお、平成二年一月一日施行以前の法例二五条は、相続は被相続人の本国法に依る、と規定しており、亡京子と原告らは、国籍が朝鮮で、在日本朝鮮人総聯合会に所属していることから、朝鮮民主主義人民共和国の法を被相続人の本国法と解すべきであるが、亡京子が死亡した当時における同国の相続法の内容は不明であるから、法廷地法である日本民法を適用すべきである。)。

二  争点

損害額(入院雑費、休業損害、入院慰謝料、死亡慰謝料、逸失利益、葬儀費、物損、弁護士費用)(被告らは、本件事故と亡京子の自殺との間に相当因果関係がないと主張する。)

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一、二、四ないし六、乙一、二、証人平良恵二、原告金太権本人)によれば、以下の事実が認められる。

亡京子は、右下腿骨複雑骨折、頭部外傷、両手挫傷及び擦過創、左肘挫傷及び擦過創、胸部、腰部挫傷、頸部捻挫の傷害を負い、本件事故当日から朋愛病院に入院して治療を受けた。亡京子は、右入院時に意識障害はなく、頭部に腫張はあつたものの、CT検査等の結果に異常はなかつた。右各傷害のうち、右下腿骨複雑骨折については、骨折の程度としてはかなり重く、骨折部位に金属のプレートを当て、ビスで固定する手術が行われた。亡京子は、入院当初は、痛みのために不眠を訴えていたが、痛みが和らいでからも、なお不眠を訴えていた。また、亡京子は、入院中、継続して頭痛を訴えていたため、入院から約一・五か月経過した平成元年六月一七日にもCT検査が行われたが、異常はなかつた。右下腿骨複雑骨折の手術後の経過は、普通の回復状況であつた。また、頸椎捻挫については、それほど重いものではなく、治療として湿布が行われた程度であつた。亡京子には、同年七月一二日ころ、頭部に帯状疱疹(帯状ヘルペス)が出現したが、これも痛みを伴う疾病であることから、従来の頭痛と帯状疱疹の痛みが重なつた可能性がある。亡京子は、同年七月一二日から同月一四日まで外泊して自宅に戻つたが、その外泊の間は、帰宅したことを喜んでおり、食事の量も入院中より多かつた。亡京子は、入院中、肩の痛みや全身のしびれがあり、精神科の医師の診察を受けなければならないほどの精神病的な状態ではなかつたが、常にいらいらした精神的に不安定な状態にあつた。亡京子は、外泊から病院に戻つた二日後の同年七月一六日に病室の窓から飛び降りて自殺した。亡京子が、入院中、医師に対して、死にたいと述べたようなことはなかつた。亡京子は、昭和一四年一月一一日生まれで、本件事故前、肉体的、精神的に健康であり、家庭内にも問題がなかつた。

二  損害

1  入院雑費 二万八〇〇円(請求四万八〇五五円)

亡京子は、平成元年六月三〇日までの入院雑費は、被告らから支払を受けていたが、それ以降の入院雑費の支払を受けていない。亡京子は、同年七月一日から同月一六日までの入院期間中に、果物、牛乳、薬等を購入し、その代金として合計四万八〇五五円を支払つた(甲一一ないし三一、原告金太権本人)。そうすると、本件事故と相当因果関係のある入院雑費としては、二万八〇〇円(一日当たり一三〇〇円の一六日分)が相当である。

2  休業損害 一〇万九三九五円(請求一〇万七〇四五円)

亡京子は、本件事故当時、大阪谷町既製服協同組合の従業員として働き、昭和六三年中の給与及び賞与として一四七万六九六円(一か月当たり一二万二五五八円)を支給されていた。これに、前記一で認定した亡京子の傷害の内容、程度、治療経過を併せ考慮すると、本件事故と相当因果関係のある休業損害としては、三〇万六三九五円(一か月当たり一二万二五五八円の二・五か月分)となり、これから前記争いのない休業損害の填補分一九万七〇〇〇円を控除すると、一〇万九三九五円となる。

3  入院慰謝料 一〇〇万円(請求同額)

前記一で認定した亡京子の傷害の内容、程度、治療経過、前記争いのない本件事故態様、その他一切の事情を考慮すると、入院慰謝料としては、一〇〇万円が相当である。

4  死亡慰謝料 三五〇万円(請求一六〇〇万円)

前記一の認定事実によれば、亡京子は、本件事故前は、肉体的、精神的に健康であり、既製服製造関係の職場で働き、家庭内にも問題がなかつたのであるが、本件事故によつて、右下腿骨複雑骨折等の重傷を負い、右入院中、骨折部位の痛み、頭痛、不眠、肩の痛み、全身のしびれのため、精神的に不安定状態になり、外泊先の自宅から病院に戻つた二日後に発作的に飛び降り自殺したものであるが、他方、本件骨折部位の回復状況は、普通程度であつて、回復状況が順調でなかつた事情は窺えず、その他の受傷部位の検査結果に異常な点は見受けられないほか、亡京子は、自殺する二日前まで外泊して三日間自宅で生活し、その間、帰宅したことを喜んでいたことなどの事情を併せ考慮すると、本件事故が亡京子の自殺に寄与した割合は二〇パーセントであると解される。これに、本件事故態様を併せ考慮すると、死亡慰謝料としては、三五〇万円が相当である。

5  逸失利益 二一三万一三七三円(請求一〇六五万六八六九円)

前記二2(休業損害)で判示したところによれば、亡京子は、本件事故当時、年間一四七万六九六円の収入を得る高度の蓋然性があつた。また、亡京子は、六七才までの一七年間(新ホフマン係数一二・〇七六九)にわたつて就労することができたというべきであり、これに亡京子の家族関係を考慮すると、生活費として四〇パーセントを控除すべきである。これに、前記二4(死亡慰謝料)で判示した本件事故の自殺に対する寄与率を併せ考慮すれば、本件事故と相当因果関係のある逸失利益としては、二一三万一三七三円(年収一四七万六九六円に新ホフマン係数一二・〇七六九と生活費控除四〇パーセントを適用し、これに寄与率二〇パーセントを適用したもの、円未満切り捨て、以下同じ。)となる。

6  葬儀費 二五万円(請求一二〇万円)

前記第二の一5(相続関係)、第三の二2(休業損害)で判示した亡京子の社会的地位、身上関係に、前記第三の二4(死亡慰謝料)で判示した本件事故の自殺に対する寄与率、その他一切の事情を考慮すれば、本件事故と相当因果関係のある葬儀費としては、二五万円が相当である。

7  物損(請求二万八〇〇〇円)

原告らは、本件事故当時、亡京子が乗車していた自転車の破損による損害賠償を請求するが、右損害額は、自転車自体の当時の価値を基準にして算定すべきところ、本件において、右価値を算定する基礎となる本件自転車の購入価格、購入時期、保管状態、本件事故による破損状況等を認定するに足りる証拠はないから、原告らの物損に関する請求は認められない。

8  弁護士費用

原告金太権につき二七万円、その他の原告らにつき各九万円(原告金太権の請求一二五万円、その他の原告らの請求各四一万五〇〇〇円)

原告らの請求額、前記認容額、その他本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると、弁護士費用としては、原告金太権につき二七万円、その他の原告らにつき各九万円が相当である。

三  以上によれば、原告金太権の被告らに対する請求は、被告らが連帯して二九二万五七八四円(前記二1ないし6の各損害合計七〇一万一五六八円から前記争いのない損害の填補分のうちの葬儀費一七〇万円を控除した五三一万一五六八円について相続分二分の一を適用した金額二六五万五七八四円に前記二8の弁護士費用二七万円を加えた金額)と内二六五万五七八四円(弁護士費用を控除したもの)につき本件訴状送達の翌日である平成三年八月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その他の原告らの被告らに対する各請求は、被告らが連帯して各九七万五二六一円(前記二1ないし6の各損害合計七〇一万一五六八円から前記争いのない損害の填補分のうちの葬儀費一七〇万円を控除した五三一万一五六八円について各相続分六分の一を適用した金額八八万五二六一円に前記二8の各弁護士費用九万円を加えた金額)と各内八八万五二六一円(弁護士費用を控除したもの)につき右同日から右遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 安原清蔵)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例